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 私はこの話を友人から聞いた。その友人もまた別の知りあいから聞いたということで、そうした伝言ゲームが何度行なわれてこの話が私のところまで辿りついたのかは定かではない。
 友人はこの話を本当にあった出来事として私に話してくれたけれど、そのときは私もその友人もビールやウィスキーや何やらでぐでんぐでんになっていたので、酔っ払い特有のサーヴィス精神でもって友人が勝手に話に面白おかしく尾鰭を付けくわえた可能性は多分にあるし、それを聞いた私が自分の都合がいいように曲解した可能性も否定できない。そもそもそれ以前に何度か行なわれたであろう伝言ゲームの過程においてどのような歪曲が話になされたのかも知れたものではない。だから、この話が本当に事実であるか誰かの作り話であるかということは、私がこれを聞いた時点では既にもうどうでもいいことになってしまっているのかもしれない。だいたいにおいて本当にあった出来事を本当にあったまま話すことは不可能だ。かならず話者の主観が介入し、その言葉の選択によって事実は歪曲される。もしくはその歪曲をも含めた形で出来事は事実と呼ばれる。
 けれども、真偽のほどはともかくとして友人はそれを実際にあったこととして私に話してくれたのだから、私もこの話を事実として扱うことにする。何度かの伝言ゲームにおいて複数の話者の主観により修飾をほどこされた話を転載するにあたり、こういった姿勢にどれほどの価値があるのかわからないけれど、その点をないがしろにしてしまうと私自身にとってここでこの話を綴る意味がまったく失われてしまうのだ。
 そういったきわめて利己的な理由から、私はこの話を以下に文字起しするにあたって細部を勝手に補足するといった操作はしないことにする。私の行なった唯一の操作は友人の話の順番を入れ替えたことだけだ。ようするに私は時系列に出来事を並び替えた。事実をありのままに話すのが困難であるのと同じ理由で、会話の内容をそのまま文章にすることは不可能だからだ。特に酔っ払いが話すように書くのはとても難しい。会話の内容を自然な文章にするためには語られなかった部分を捏造し付けくわえなければならないけれども、それはいまの私の意図とは反する。与えられた話をただ単純に語ることを私は選択する。
 いくつか註釈 ―― 第一にこの話が全体として展開に欠け、結論に欠け、教訓に欠け、複雑さに欠け、ようするにあまり面白くないのは、何も酔っ払った私がそのディテイルを失ったせいばかりではない。私の憶えているかぎり最初からそういったものはこの話にはなかった。話に固有名詞が出てこないのも同様の理由である。最初からそんなものはなかった。だから、物語の神はその細部にこそ宿るという誰かの主張が正しいとすると、この話はまったくの骨抜きの乾涸びた抜け殻ということになる。第二に、この話が創作めいて見えるとしたら、それは私が出来事を起こった順番に並び替えたせいにすぎない。あるいは私の語り口調に原因がある。
 話の登場人物はふたり。名前の与えられていない男性がひとりと、同じく名無しの女性がひとりである。三人称で語られるこの話においてふたりの登場人物の感情がそのまま描写されることはあまりないけれど、それでも話の視点は全体的に女性の方に固定されている。このことからこの話の最初の話者は女性であったのだろうと私は推測する。
 彼は三十代で、彼女はそれよりもいくぶん若かった。ふたりはアパートの一室にいっしょに暮らしていた。そこは元元は彼女の借りている部屋だったが、いまではふたりで家賃を折半して支払っていた。彼は日中働き、彼女は昼から夜にかけての不定期な時間の職に就いていた。アパートの部屋は狭かったがそのぶん家賃は安く、ふたりの暮し向きはそれほど悪いものではなかった。そうした生活が一年ほど続いていた。
 彼女はここ一か月ほど、彼に別の女がいるという決定的な証拠を見つけようと頻繁に部屋のごみ箱をあさっていた。口紅のようにも見える赤い跡のついた食べかけのサンドウィッチを見つけたことが一度あったし、彼のいつも喫う銘柄ではない細い煙草の吸殻を見つけたこともあった。彼女はその吸殻をさりげなく台所のテーブルの灰皿に戻した。彼らは三日間口をきかなかった。ひとつのベッドの両端でたがいに背を向け寝る生活を三日間続けた。ようするに三日で彼らは少なくとも表面上は仲直りをした。
 煙草の吸殻を見つけてから何日かあと(と私は推測する)、彼女は台所のごみ箱の底から使い古しのストッキングを見つけた。ストッキングは口を固く二重に縛った白いビニール袋に入れられていた。その日の夜遅く彼女が仕事を終えアパートに戻ってきてみると、部屋が暗かった。ふたりで使っている彼の車が駐車場から消えていた。彼がどこに出かけて誰と何をしているかは彼女の知ったことではなかった。
 ここで話は短く途切れ、数日後のふたりの口論まで場面は飛ぶ。
 長い口論のあと、私にだって今ではもう別の男がいるの、と彼女は彼に言った。あなたほど頭はよくないけれどとても背の高い男だ、と彼女は言った。おまけにけっこうお金持ちだし、と。それを聞いて彼は傷ついたようだった。彼は背が低く、ずんぐりとした体型だった。金持ちでもなかった。
 ここで話はもう一度途切れる。口論からしばらく経ったあと、ふたりは車で郊外の店に買い物に出かけ、その帰り道、また口喧嘩が始まった。車中、彼は彼女に三つのことを訊いた。その男の職業は何か? その男と何回やったのか? なぜその男とやらなければならなかったのか?
 彼女は自分が嘘をついたことを打ち明けた。別の男なんていない、と彼女は言った。あなたを傷つけたくて作り話をしただけ、と。
 さらにしばらくあと、彼の休暇にふたりは旅行に出かけた。それは彼女が提案したものだったが、彼女にも特に行きたいと思える場所はなかった。分厚い旅行案内の冊子を持って、行き先を決めずに車で出かけた。彼が運転をし、彼女は助手席に坐ったが、本当は彼女のほうが運転は巧かった。郊外へ向う幹線道路に出てすぐ、前を走るトラックが荷台から小さなプラスティックの鉢植えを落とした。彼がハンドルを切って避ける前に鉢植えはアスファルトで跳ね車線から飛びだしていった。高速道路に乗り、特に寄り道もせずしばらく走った。
 夕方のサーヴィスエリアで、そろそろどこか泊るところを決めて予約をしたほうがいいんじゃないの、と彼女は彼に言った。今日どこまで行くことになるかわからないという理由で彼はその提案を突っぱねた。やがて本格的に暗くなり、それなりの大きさの街につながるインターチェンジから高速道路を降りたが、最初に見つけた適当そうな外観のホテルには部屋の空きがなかった。彼女は自分が正しかったという理由で彼が腹を立てているのではないかと思い、彼にそう訊ねた。ホテルなんてまだたくさんあるよ、と彼は言った。
 しばらく街道を走り、いくつかホテルや旅館の看板を見つけたが、ふたりは無言のまま通り過ぎた。彼女は泊るところなんかもうどこでもいいと思っていたし、彼も同様のようだったが、ふたりとも口に出してそう言うことはなかった。一日中車に乗りっぱなしだったので身体がこわばり痛かった。やがて道を照らす建物や看板の灯りもなくなり街は途切れ、ふたりは引き返していちばん最初のビジネスホテルのようなところに泊った。
 翌朝、彼女は海まで行ってみようと彼に持ちかけた。海岸線に辿り着くには山間を突っ切る高速道路から大きく外れ数時間を走らなければならなかったが、彼に異存はなかった。前日とは打って変わってその日の彼女はこの旅行を楽しんでいるふりをするようにできるだけ努めたが、そんな彼女を見て彼がどう思ったのかはわからなかった。制限を大きく超過する速度で車は山道を走った。私を道ずれにして死ぬつもり、と彼女は冗談めかして言った。
 ハンドルを握る彼の表情がつらそうだった。彼女が彼の左腕に触れると、彼はたじろいだ。彼の脆い部分が垣間見えたような気がして何だかいやだった。ひょっとしてどこか具合でも悪いの、と彼女は尋ねた。なんでもない、と彼は言った。ただちょっと疲れただけだよ、と。ふと彼女は、自分を必要としていないかもしれない女と車で旅行をするというのはどんな気持ちなんだろうか、と考えた。彼女はシートベルトをしたまま上半身をねじり、彼にキスをしようとした。彼はそれを拒もうとはしなかったが、身体を固くしてハンドルを握り、ただ前を見つめているだけだった。
 車を停めたのは砂浜の海岸線に沿ってゆるやかに湾曲する道路だった。遠くのほうに岩場とテトラポッドがいくつかある以外には特に何も見当たらなかった。少し休憩して身体を動かさない、と彼女は言った。彼は運転席に坐ったまま、彼女が道路わきで身体を伸ばすのを見つめていたが、やがて車を降りてきて、彼女の隣で膝の屈伸運動を何度かした。彼女はテトラポッドを指差して笑い、言った。ハンディは三十秒くらい?
 彼はあくびをし、車にもたれかかった。じゃあ二十秒でどう、と彼女は言ったが、彼が承知したかどうか彼女にはわからなかった。彼は何かを待っているようだった。ただ躊躇しているだけのようにも見えた。彼女が車道から砂浜へと降りゆっくりと歩きだし、それから振り返って見てみると、彼は車にもたれたままだった。かまわず彼女は走り始め徐徐に速度を上げていった。砂浜は柔らかく走りづらかった。隙間から靴に砂が少しずつ入ってくるのがわかった。彼の足音がしないかと耳を澄ましていたが、ざくざくと砂を踏みしめる自分の靴の音しか聞こえなかった。怖くて背後を確かめる気にはとてもなれなかった。本当は彼を失いたくなかったのに、と思った。彼に別の女がいるのかどうか実際のところわかっていなかった。テトラポッドまでの残りの何十メートルかは息を止めて走ることにした。と、そのとき彼の音がした。全力疾走の足音と、間違えようのない息づかいが聞こえた。すぐに彼は彼女を追い越し、けっきょく十メートル以上の差をつけてテトラポッドに達した。
 彼女はテトラポッドに坐る彼の腰に勢いをつけてぶつかってゆき、追ってきてないと思ったから途中でスピードを緩めたのに、と言った。負けるといつも負け惜しみだね、と彼は言った。そっちだって、と彼女は言った。
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2006.10.31.Tue 00:00 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
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